「死」は、現代では忌み嫌われるものだったり、「不幸」と呼ばれることも多い。ご遺族は時にまわりにそう言われて、傷付くことがある。切ない事だと思う。「死」は、その人の人生そのものを現すもの、意味するものなんだと、私は思います。で、あれば、「死」は「不幸」では無くて、「どう生きたの?」につながるべきであるのではないか、と言うことをずっと思っています。現場に居ると、ご遺族と「死」についての話になることも多い。決して目をそらせない現実に起こる出来事で存在するその事実の中に、不思議な温もりに包まれる事がある。それは、亡くなったはずの、その方の想い出によって出てくる雰囲気。それが、現場を包み込む温もり。絶対に出してはいけない雰囲気は、「そう、あるべき」という雰囲気。あるべきという考えは、けっこう雰囲気を壊す。「あぁ・・・。」と、ならないように間に入って架け橋になれるか、がミッションだと思います。子どもさんが親御さんとのお別れの時、親御さんが、子どもさんとのお別れの時、祖父母とお孫さんのお別れの時・・沢山あるけど、どれだけこちらも尽くせるか、形に出来るかが、大事な事がある。以前、事故でお孫さんを亡くしたおじいちゃんがいらした。天災で、お孫さんを亡くしたおじいちゃんがいらした。どちらも、小学校の交通安全の旗を振る「おじちゃん」と呼ばれていた。お孫さんを亡くして、全く口も聞けなくなってしまって、とにかく自分を攻めていた「おじいちゃん」。心配した。訪問も通った。笑顔で手を振ってくれて、正直泣けた。お会いすると「笹原さん、孫とかぶる。(笑)」おじいちゃん達にそう言われて、頷いた。想い出してくれる、その人の心の中に亡き人は生き続けると思う。出来れば、忘れられずに誰かの心の中に生きていて欲しいと思う。そういうお手伝いが、これからも出来るように、頑張ろうと思った。生きること自体がすごいこと。亡くなった人はきっと、そう言ってると思う。現場で教えてもらう事は沢山ある。私も現場に伺う度に育てていただいていると思う。「お酒飲むのを復活したよ。孫が生きていたとして20才になる歳が来たら、仏壇にお酒を備えてね、乾杯をしようと思ってるんだ。孫が生きていた時に、約束したから。」おじいちゃんが言っていました。言葉は続きます。「お酒を飲むための、そんな言い訳は聞きません。って、女房に言われた。(笑)」そう言っていました。納棺のあの時に喧嘩されていたご夫婦も、亡くなったお孫さんの想い出話で仲直り。体は無いけど、存在は、ちゃんとある。悲しみは、決してゼロにはならない。想い出があるから、絶対にならない。想い出と一緒に生きること、それをみんな、やっぱり探しているのかもしれないと、そう思った。また、会いたいなと思っていました。さて、今日の納棺の現場も終わったので、あと3時間は寝れるかな。おやすみなさい。
Posted on 2013/07/03 03:09 by 桜 代表
2013年7月4日
宇治田かおるさん被災地慰問
岩手県被災地沿岸部の様子です。
東日本大震災で特に通った安置所、当時の建物は取り壊されて、仮設の学校が出来ています。時間を作って時々、ここへ来て手を合わせています。「忘れてませんよ。まだまだ、思い続けてくださる方はいらっしゃいますよ。」と話し掛けています。「八月のお盆には、時間があれば私の所にも寄ってくださいね。」昨日は手を合わせて、そう話し掛けました。

沖から波に乗って浜に打ち上げられる生活の一部。何度もボランティアさん方々が浜の整備をしてくださっています。その後から、こうして沖から流されて来る沢山の形身。ご家族が見付からない方、帰りを待つ方は言います。「形身が流されて来たよ。これは、希望なんだよ。流されて来なくなったら、その時にまた考えなくちゃ。」どんな思いで今を過ごしていらっしゃるか、伺う度に胸が締め付けられるほど苦しくなります。「おばあちゃんは帰って来るかな?」「お母さんは、僕のこと忘れてないかな?」みんなに聞かれる言葉の中に、家族と心がつながる言葉を見付けます。「お母さん、大好き?」「うん、大好き。」「よし、イイね。」全国に伺う講演会でも、通い続ける被災地でも、帰らない家族を思い、更に祈る気持ちが深く深くなる時をご一緒させていただきます。



亡くなられた方の捜索は、今でも続けられています。待っている家族の元へ、一人でも多くの方が帰れますように。「一緒に待とうね。」子ども達と話すことが増えました。誰も「いつまで?」なんて、言いません。それはみんな分からないことだと知っているから。病気で亡くなっていくお母さん方々が教えてくれます。「悲しい時も、楽しい時も、悪いことをした時も、本当は傍に居て、慰めて、一緒に笑って、叱りたかった。でも、叶わないから、(中略)宜しくお願いします。」納棺の生前予約のミッションは高い。でも、そうやって教えてもらって、遺した言葉が誰かの中で生きることが出来れば、その方はずっと生き続けてくれるんだと、私は思います。手を合わせて、精一杯思うことしか出来ない今ですが、これからも架け橋になれる様に研鑚していきたいと思います。みんな頑張ってますので、宜しくお願いします。m(_ _)m
Posted on 2013/07/02 19:35 by 桜 代表
福島県5町村合同講演会
3月11日、東日本大震災での津波と、翌日の3月12日の原発事故。二つの被害を受けている福島県の皆さんの、今の置かれている状況も伺いました。会場には、原発事故のあの日から避難を続けている皆さん、仮設住宅に住まわれている皆さん、津波災害で大切なご家族を亡くされた皆さん、未だ見付からないご家族を思う皆さん、今回特に多かったのは、子どもさんを亡くされた親御さんの御参加を多くいただきました。今日私がお話しをさせていただいた内容は特に、東日本大震災で悔しかった思いをした出来事を、お話しをさせていただきました。沢山の悲しみに出逢い、悲しみは決して0にならないこと、軽くもならないこと、何故かと言うと悲しみの中に大切な思い出があるから、きっと悲しくても良いと感じていること、私も想い出を大切に生きて行きたいと、思っています。だから今の私は、後悔と一緒に生きています。そして、経験させていただいたことを、忘れてしまわないようにと、そう、思っています。と言う内容を90分、お話しさせていただきました。
今日の会場です。保健師さんと行政の職員さん方々が駅まで迎えに来てくださいました。ありがとうございました。今日の企画は、5町村の保健センターの保健師さんと行政の職員さん方々が企画された講演会でした。町長さんの皆さんと、保健センター長の皆さんが控室にご挨拶に来て下さいました。お会い出来て、とても嬉しかったです。ありがとうございました。
とても広い体育館でした。
講演会終了後のサイン会では、沢山の方々が並んで下さって、特に今日は子どもさんがとっても多かったですね‼皆さんの大切にされている大事なご家族との想い出を伺いました。すごく貴重なお時間をご一緒させていただきました。

震災後もずっと福島県に残り、地元の皆さんを支えていらっしゃる精神科のDr.金澤先生と記念写真です。岩手県の精神科のDr.から「東北は、精神科が少ないんだよ。」と教えてもらっていました。「先生、とてもお忙しいのではないですか?」と伺うと、「うん、でも頑張らなくちゃ。」と、おっしゃっていました。「震災は、まだまだ終わらないですね。」と、現在の現状と、今起こっている事柄をお話ししました。とても温かいDr.でした。みんなにとても大切にされて、すごく人気者の先生でした。

「子ども夢ハウスへ」と、プレゼントをいただきました。子ども夢ハウスは、福島県の皆さんとも、つながりました。d(^_^o)福島県の5町村の皆さんに、本当にお世話になりました。会場では沢山の皆さんから、「ラジオ福島の大和田さんのラジオ、聞いていました‼」と、いっぱい声を掛けていただいて、とっても嬉しかったです。

皆さん一人一人に支えていただいて、子ども達の時間があります。心から、感謝申し上げます。ありがとうございます。m(_ _)m今日、ご縁をいただきました福島県の5町村の皆さんに、深く感謝申し上げます。ありがとうございました。
Posted on 2013/06/30 22:48 by 桜 代表
最近、考えていること。
昨日の新聞作りの時間に、編集部員の高校生達が「ぼくも、Honey L Days さんに会いたかった!」と、怒られました(笑)普段はしっかりものの高校生が、高校生らしい一面を見せてくれて、嬉しかったです。「ハニエルさんは、どんな印象でしたか?」と聞かれて、「とても愉快な好青年だったよ。」と話しました。「何を話したの?」と聞かれて(笑)「ハニエルさんが言ってたよ。「震災が起きてから、ずっと考えていたんです。僕達に出来ることは何だろうって。出来る事を見付けて、心を込めて精一杯やりたい。」って。とっても嬉しかったよ。言葉の通り、きちんと一つ一つ向き合ってくれる人達だったよ。歌を作っている人達だから、とっても言葉の使い方が温かくて上手で、思いやりの深い方達と言う印象だったよ。みんな、思いやりの言葉を歌と一緒にもらった感じがするよ。ハニエルさんも、被災地の学校を回って、歌を歌ってくれていたんだって。」と答えました。岩手県の子ども達は、復興教育を受けています。いのちの授業で学校を回らせていただいて、その中でも情報を共有しながら、子ども達とはしっかり考えていきます。こうして時間が経った今、必要とされている事、自分達が出来る事、ハニエルさんが言ったように、色んなことを感じられる自分でいるか、が本当は一番大切なのかもしれません。戦争を経験された皆さんに原爆についてと様々なことを、阪神淡路大震災で被災された皆さんに色々とつながって教えてもらい、次の世代の子ども達と、これから話して動いて行く時間が非常に大事なんだろうとおもいます。3.11 、東日本大震災で家族を亡くした遺族は、10万人を超えると推計されます。先日の小学校の授業でゲストティーチャーとして、お声を掛けていただいた時も感じたけど、子ども達はちゃんと大人の背中を見て、復興をいつもちゃんと考えているのだと感じました。頑張ってくれている新聞編集部員の皆さん。新聞作りの時に話し合う内容も又非常に深い。そして、昨日は伊藤先生がフルに活躍してくれました。ありがとう‼少し寝て、起きたら朝一の新幹線で福島県へ向かいます。おやすみなさいm(_ _)m
Posted on 2013/06/30 02:00 by 桜 代表
質問にお答えします。
「お棺に入れられるものは?」「どんなきっかけで、何を思い出しますか?」「納棺の前は、どんな気持ちですか?」などなど、沢山のご質問をいただきました。昨日の納棺の時間に、氷川きよしさんのポスターをお棺の中に一緒に納めた。特大ポスターで、棺のサイズまで折り込むのが大変だった。大きな窓のスライドがするタイプの棺。覗くと、氷川きよしさんが見える。みんな、喜んだ。ご本人がリハビリの時にいつもかけていた曲が「ずんどこ節」と伺った。お棺に安置する前に、みんなで歌った。そして、お棺に移動後、みんなで泣いていた。年令によって、お棺に納めて差し上げる芸能人は様々。「好きだったから」「大切にしていた物」ご本人を思い、みんなが尽くす時間。昨日は葬儀担当さんが、お庭から何か持ってきた。外にいらしたご遺族とお話をして、あじさいをお棺に納めようと話してくれて。みんな、喜んだ。ご本人が毎年楽しみにしていたあじさい。日本には四季があって、季節毎のお花が、お棺に納められる。お花屋さんでお花を見たり、造花屋さんでお花を見たり、道を歩いていてお花を見付けたり。そのお花を見る度に、やっぱり納棺の時間にご縁をいただいた故人を思い出します。一件一件のご縁の思い出と共に、私も生かされていること、手を合わさずにはいられません。講演やセミナーの出張以外、会社にいる時は、事務的な仕事は全部夜に回して、出来るだけ現場に走る。復元納棺師としての使命が、深い時間を感じさせてくれるので、現場にただ走るのでなくて、今を生きていることに意識して、今しか出来ないことの難しさを出来るだけ形に、と研鑽しています。現場に行く時には、自分を緊張させて、集中力を高めながら、一つ一つのご遺族の言葉を伺います。今しか無い時間どからこそ、目の前の今を大切にできるように。そう、思っています。いただいた質問の答えになっていたかしら?o(^_-)O
Posted on 2013/06/30 01:11 by 桜 代表
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