今回は、一回目。11日に九州の長崎県に入り、
12日に長崎県
13日に佐賀県
14日に大分県
と、朝の10時から16時までのセミナー、その後に一時間ほど担当者さん方からの質問にお答えし、セミナー終了後は電車に飛び乗って、その日のうちに移動しました。
☆長崎県のセミナーでは、当日に台風6号が九州に上陸していて、毎回熱心に参加してくださる島の担当者さん方が、船が出ないことで来れなかったと言う残念なことがありましたが、時間通りスタート。
元々九州と言う場所は、それぞれの地域の歴史もとても古く、伝統やしきたりを重んじ、宗教者の方の力も大きく死生観もお別れの時間の中で、とてもしっかりと存在しています。
亡くなられた方に起きた死後変化などに一つ一つ手を掛けることと、その地域で大切にしていることが、ご遺族にとってどのような意味につながるのか。と言うことも含めて検討しながら進めていきました。
☆佐賀県では、老いると言うことを、特に最近は、考えさせられると言う担当者さんの体験談に、みんなで耳を傾ける時間も発生。様々な事例検討をしながら一つ一つ考えていきました。
「先日、福祉施設に呼ばれて搬送に行きました。到着して、部屋の中を見渡しました。搬送用のストレッチャーを手に、故人(亡くなられた方)を探しても、みんな椅子に座っているし、見当たりません。
「どちらにいらっしゃいますか?」
と伺うと「ここです。」と、言われた方向を見ると、亡くなっているけど、本当に小さく丸まって椅子に座っている小さな小さな、高齢の女性でした。
施設の方が、「そのストレッチャーは、背中が上がりますか?」と聞くもんで、「いやいや、ストレッチャーの背中は上がりませんよ。」と、僕もちょっと焦りましたが(笑)、
その方を見ながら少し考えて「人は、こんなに小さくなっちゃうんだな。」と思うと、とても愛おしくなりました。小さな女性を僕は抱き抱えて、ストレッチャーに横になっていただきました。
担当さんが見たのは、「拘縮」と言う姿で、いのちの火が自然に消える、その時に合わせて、体が準備をしていく姿だったのでしょう。横になりながら、時間を掛けて体が丸くなっていく。その方の一番楽だったと思われる最期のお姿です。お腹の中に居る赤ちゃんのように、特に疾患と「老衰」が重なると亡くなる時に、同じ姿になっていく方も、いらっしゃいます。
「僕は、どうしたら良いのかわからず、膝が曲がったままでも棺の中が窮屈に感じないように、一生懸命ドーム型(蓋の高さがある棺)を探して、安置しました。だけど、あの時、もっと出来たことがあったんじゃないかって、今もずっと考えています。」
死は、その方の人生そのものを表す存在です。担当者さんにも、いろんなことを遺してくれたその方の存在は、担当者さんの心の中に、ずっと存在されていることを感じました。素敵な関係だなぁって、思いました。
担当さんにお伝えしたのは、「拘縮」の解き方で、骨折させない、関節を鳴らさない、力を入れずにゆっくりその方の限界を知りながら、無理をせずに解いていく、その方法をお伝えしました。だけど、担当者さんの、その時の判断が間違っていたと、私は思いませんでした。今のままの姿を、大切にすることは本当は素晴らしいこと。でも、全国何処も火葬場の窯のサイズが決まっているので、棺に膝が当たらないように、棺の窓にお顔が当たらないように、超高齢化社会に入った今の日本では、必須の技術も増えつつあります。
☆大分県では、社会問題に直面した悲しみの現場、司法解剖後の対応や、警察検視の後の様々な話も多く出ました。事例検討をしながら、セミナーを進めています。
特に深く話し合ったのが「合掌」についての話。悲しみの現場では、故人が合掌していないと成仏出来ない!と、心配される方が本当に多いと言うこと。事故や災害、リウマチ等、故人の体の状態により、特に無理しない方が良いんじゃないかと思われることがあります。ここは、僧侶、牧師、シスター、神主と言う宗教者と呼ばれる方の御力をお借りするしかないと、申し送りを含めた相談についての話にもなりました。
昔は悲しみを理解するのに100日は掛かると言われました。100日までは泣いていい。でも、100日経ったら泣くのは止めなさいと、昔の人はよく言います。「いつまでも、亡くなった人の後ろ髪を引いてちゃいけないんだ。心配しているのは、逝く人も遺される人もお互いさま。生きる世界が変わるだけ。関係性は、変わらないんだもの。」亡くなる時に、ご縁をいただいた方が、私に遺してくれた言葉を想い出します。
昔は長い時間を掛けて、悲しみと向き合う時間がありました。今は、お別れの時間自体が、時代と共にとても短くなっています。
昔の葬儀は、長い時間を掛けました。でも、長く休むと会社に席がなくなるなどの理由で現代は、葬儀が数日で終わります。でも、人の心が悲しみと向き合うための時間は、今も昔も変わらないと、現場の中でいつも感じます。そういう現場に居させてもらえることを、大切なことを一つ一つ、又深く考えさせていただいた時間でもありました。