2016年3月16日

怖いはなしシリーズ14

 金縛り

呪文をとなえず、お題目(南無阿弥陀や南無釈迦牟尼仏、南無妙法蓮華経など)をとなえず気合いで金縛りを解いたと話してくれる高校の先生がいました。

「ん〜、うぉー、えいっ!」素晴らしい!初めて聞いた、金縛りの解き方だったので、他の先生方々とも大笑いをしたことがありました。

金縛りは、1つには疲れている時に脳が起きてて体が眠りについている時に起きる、筋肉の作用などと心身の関係性が重なってなりやすいとか、そうではない場合とがある(まぁ、怪奇?)と言われています。

小学校高学年くらいから、20歳前後の子たちから、「金縛りにあった」と、相談を受けることが多くあるので、「今度、金縛りにあったら聞いてみたら?何の用事ですか?」って。と、提案してみることも多い。意外とそのように問うと、「金縛りが解けたよ!」「あー、何十年かぶりに、爽やかだ!」(何十年⁉︎確か、10歳って言ってたけど、ま、いっか。)と教えてもらうこともある。

遺族の子どもたちの場合には、菩提寺に相談することが多いのだけれど、子どもたちはお坊さんに「魔法の言葉」を教えてもらって、不安な気持ちを安定に変えてもらうことが多くあります。よって、金縛りにあわなくなる子が多くなります。見守りながら、実は思春期の繊細な気持ちに関係して多いのかな?と、感じる今日この頃。

以前、世界的な心の研究者の大学教授に教えてもらったことがありました。「金縛りはね、西洋にはないんだよ。東洋にだけ、ある話し。」目が飛び出るほど驚いた情報でした。ということは、地域別DNA?それとも「金縛り」という情報の連鎖によるもの?

私も特に中学校に入り、約2年間金縛りに苦しんだ経験がありました。苦しんだと言っても、金縛りは幽霊などが起こすもの、相手が居て起こるものだと当時は思い込んでいたので、「負けるものか」と言う勝気な自分が居ました。知らない人が立ってたり、目をつむっているのに顔を覗き込まれたりの現象もあったりして怖かったので、母に相談して数珠をもらうと金縛りにあわなくなりました。今考えれば転校してすぐからだったので、不安だった気持ちもあったのかもしれません。中学校三年生になると、全く金縛りの存在さえも忘れていました。すでにあの世に行った祖母に「おばあちゃん、助けて!」と金縛り中に、心の中で随分叫んだものでした。

子どもの頃は、「助けて!」が基本です。
大人になれば「どうにかしなきゃ」になり、
年を取ると「どうにかなるさ」になるそうで。

生きている以上、「不安」は付き物です。どうやって不安と関わり生きていくかのかは人により違うけれど、「不安」の中にある「自信の喪失」に情報(御守りを持つことも同じ意味)が加わると、「安定」に変わることは間違いありません。トライしたり動いてみないと分からないこと、少し様子を見て待った方がいいことなどがありますが、誰にでも必ず朝が来ると言うことは、言うまでもありません。

今日の納棺もそうですが、「夢でも会いたい。でも、金縛りにあわせたらキレるよ(笑)」と故人に言いながら、ずっと手を握っておられた高齢の奥さまが居ました。みんな「会いたいけど、金縛りはいや!」と言います。怪奇とか幽霊とかも怖いけど、脳が起きているのに体が動かないのがやっぱり一番怖いと思います。

それよりもっと怖いのは、どこでも寝れる特技を持っている、私の寝顔だとみんなが言います。(笑)今の仕事をしてからの特技です。だけど、寝顔は自分でも分からないので、どうにもなりませんので、お許しいただきたいと思います。(笑)

結論として、金縛りは起きているときにはなりません。眠っているときに起こるのが特徴です。幽霊や怪奇説は否定しないし、それで納得出来る状況もあると思います。でも、もしかしたら脳の作用が、温泉で言えば「源泉」のように、現象にとって大きな鍵を握っているのかもしれませんね。