2016年6月10日

心が養われるとき

先日の復元納棺の終盤、何か音が聞こえて来た。何だろう?と思って、音のする方を見ると、中学生のお孫さんが、何かを口から出したいような様子で、

「ぺっ、ぺっ・・・。ぺっ、ぺぺっ・・・。」

イライラしている様な舌打ちでもなく・・・、何か分からないので、きっと意味があるのだろうと思って、聞いてみた。まわりの大人も、何か分からず聞けない様子。

私「今、声掛けても良いですか?」

孫「はい。」

私「一つ、聞いても良いですか?」

孫「はい。」

私「何してるの?」

孫、ちょっとニヤッとして、

「ボイスパーカッション!(おっと、得意気!)」

私「・・・⁉︎」

孫「知ってますか?ボイスパーカッション!」

私「いや、ごめんね、分からない。」

孫、インターネットで検索して、画像を見せてくれて、やって見せてくれて、ちょっと得意気⁉︎

私「(そうだったのか!それなら、知ってた!)何か、想い出があるの?」

孫「んー、特に、無いです!(笑)」

私「・・・。(無いのか!)」

孫の母「じゃあ今、やらなくても良いよね?」

孫「うん!」

孫の母「残念だけど、ボイスパーカッションには聞こえなかったね。練習、あるのみ!頑張れ!」

孫「おぅ!」

一同、大笑い。故人の性格にそっくりだと、大絶賛されていました。急にボイスパーカッションで送りたくなったけど、思い付いただけで、やったことがなかったので、出来なかったという、可愛らしいお話しでした。可愛すぎたこの行動に、すっかりノックアウトされた私でした。

出棺の日・・・、

突然鳴った、電話。葬儀担当さんの携帯電話からでした。

孫「担当さんにお願いして、電話しました・・・、あの・・・、今から出棺です。」

私「今、出発する所?」

孫「はい。」

私「(どうしたのかなぁ?もしかして・・・?)ボイスパーカッション、するの?」

孫「母にするなよって、言われました。(笑)」

私「したいの?」

孫「いや、それは良いんです。ただ、お盆に帰って来て(故人が)くれるかなぁって思って。」

後ろから、孫の母の声
「部屋を片付けないと、誰も来ないよ!」(親子って、素晴らしい!)

孫「マジっすか?」

私「まぁ、そうかもしれないね。お寺さんが来られたら、聞いてごらん。」

孫「聞かなくても、ぼく、分かったっぽいっす!」

私「そっか。(故人に)話し掛けて良い時間だから、声掛けてね。「お盆に帰って来てね。待ってるからね。」って。」

孫「はい!あと、部屋片付けるからねって!」

経験したことのある方は、よくお分かりだと思いますが、「火葬」は、遺されたご家族にとって、とても勇気が必要な時間です。家族の体が現実に無くなる時間を、どう捉え、どう考えて、今を過ごすのか。送りたくない、でも送らなければならない。その葛藤の時間です。きっと、お孫さんも、とても不安だったのだと思います。人に備わった大切な、優しいという気持ちを教えてくれた、故人が大切にしていた、中学生のお孫さんでした。

なんとなく故人の笑顔が、お孫さんの姿に重なり、お二人の積み重ねた大切な時間に、私の心を養ってもらった様な気がしました。