会場には300名を少し超える寺庭の皆さまと、浄土宗青年部の僧侶の皆さま、来賓の僧侶の皆さまが居られ、90分のお時間をいただいて、お話しをさせていただきました。
講演のスタートも、さすが宗教家の奥さまの皆さまですから、会場から大きな反響をいただきました。私のプロフィールが、やっぱり少し変わってる?()内は、会場内での皆さまの声です。プロフィール紹介をご担当、お世話いただきましたのは、お寺の奥さまです。マイクを通し、素敵な雰囲気の中でプロフィールがスタートしました。
幼少の頃にキリスト教の日曜学校に通い、
(ほぉー)
初めて社会に出たのが、大きな神社で巫女として奉職し(うなづき)、舞楽や雅楽を宮内庁の先生数名から指導を受けて習得。(ほぉー!)
3年後に巫女長となる。(へぇー!)
曽祖父は村長でニシンが取れなくなった時の町の復興に携わり、その話しを聞いて育つ。(うなる)
母は僧侶で、(おぉー!)
先祖が山伏。(えぇー!そして、どよめき)
「幼少の頃から、色々な宗教学を実践的に学ばせてもらいました。その目的として本当は母は、私に出家して宗教者になってもらいたかったそうです。」からスタートしました。「現場で苦戦しながらも向き合わせてもらって、ご遺族から「復元師」と名前を付けてもらって、その付けてもらった名前に恥じないように、きちんと応えていけるように研鑽して、もっと深めて行きたい。」と散々悩んで、出家しないことを母に伝えたとき、静かにうなづき、認めてくれました。
と言う話しからスタートして、現代のお別れの形の特徴と、現場からお伝え出来ることを含め、90分を終えました。
講演終了後には、今後の講演のお申し込みに、たくさんお声を掛けていただきました。一番遠い時期で、再来年の春。
ちなみに、プロフィール紹介は写真を使用しながら、良いところだけを抜粋しています。(まぁ、大抵はそうだと思いますが。)
例えば、キリスト教の日曜学校に通っていたときに、とってもステキで皆から大人気の牧師さんだったけど、少し音がずれている方で、他の教会の子どもたちと賛美歌を歌ったとき、私たちの教会だけ音がずれていて困惑したとか、
宮内庁の先生に、特に1年目は非常に厳しくご指導いただき、音と足と流れがなかなか覚えられない私は、自分に腹が立って毎日トイレで泣いていて、「泣いても何も進まない!」と気が付いた私、「せっかく宮内庁の先生に、指導してもらえるんだから!」と、連日徹夜で、先輩巫女から先輩が舞ったビデオを、拝み倒してやっと借りて覚えたけど、結局根本的な問題で、猿腕の私はとんでもなく苦戦したとか、
そういう、本当は知って欲しいけど恥ずかしい部分は、プロフィールに載せないものです。載せても、長すぎるし!もっと言うなら、講演に関係ないことを話しても、迷惑でしょうから!
浄土宗も、雅楽をするのだと後から僧侶の皆さまから伺い、懐かしい宮内庁の先生方のお名前を聞きながら思い出話しをさせてもらったり、ステキな時間でした。
お寺を守る奥さまの皆さまに、色々とお話しを伺えたことも、とても勉強になりました。縁の下の力持ちの、力はすごかった。頭が下がります。
私は学びました。
お寺さんは、歴史を丸ごと守っていること。その時代ごとの歴史の中に、一人一人の「人の歴史」もあります。お寺がある限り、歴史は守られる。「歴女」と呼ばれる、若い女性の間で歴史を知り、その歴史が存在する寺社を回ることが流行っていると聞きます。
いつの時代も男性が開拓・改革し、
女性が育てて守るのかなぁ。
どちらも欠かせない、それぞれの得意分野を重んじた役割。そんな日本のステキな文化を感じた時間でも、ありました。
奥さま方々と話した中に、アーサー・ゴッドフリーの名言の話が出て、色々と語り合った時間がありました。
「結婚するとき、
私は女房を食べてしまいたいほど
可愛いと思った。
今考えると、
あのとき、
食べておけばよかった。」
「どう思う?」と聞かれた私。
「微妙です・・・。微妙ですね。(何て言って良いのか・・・。)そうですね・・・、あくまでも、個人のつぶやきが名言と呼ばれるようになったのでしょうし、女性側からの名言はどうなってるのでしょうか?」
「そうね、探してみようかしら!」
(和やかになれるような名言に、ご縁がありますように)
以上含め、語り合い⁉︎ました。それは冗談としても、もちろん大丈夫!それに対しての、様々なお知恵をたくさんお持ちでした。さすがだと思いました。ステキな時間を本当に、ありがとうございました。そして、色々とお世話になりました。皆さまの益々のご活躍、ご発展を心よりご祈念申し上げます。