2016年6月22日

長野県伊那西高校いのちの授業

20日、3年前に伺って、2度目のいのちの授業にお邪魔しました。

校長先生にも、震災後ずっとご支援をいただいています。生徒の皆さんにも、部活動のイベントなどで募金活動をしていただいたりして、子ども夢ハウスおおつちに寄付を続けてくださっています。

保護者会のバックアップの中、夏休みを利用して、生徒の皆さんが子ども夢ハウスおおつちに、みんなで訪問してくれたこともありました。その時、岩手県大槌町にある、東京大学海洋研究センターの所長さんから、震災前と後の海の中の様子を教えてもらう貴重な時間もありました。夢ハウスの子どもたちも、伊那西高校のお姉さん方と、皆さんが企画してくれた遊びなどを通して、交流を深めていました。

いのちの授業が終了し、質疑応答の時間も皆さんの質問が終わることなく、直球の質問に答えながら、皆さんと一緒に色々考えた時間もありました。

私が一番嬉しかったのは、亡くなった人を人として、きちんと感じてくれていたことでした。これは、人ごとではなく、すでに自分の生活の中に「死」という存在を通して、一人一人のいのちと人生を見てくれた、皆さんが使う言葉一つ一つから、私はそう感じていました。ありがとう。心から嬉しかった時間です。

「忘れられない人は居ますか?」の回答。

今までの人生の中で、私自身の悲しみの意味を更に深めた、何もかもが初めての経験ばかりだった、東日本大震災の記憶。初めて行った、安置所の中に安置してもらっていた、3才くらいの身元不明の女の子。今、生きていたら何歳かなと、考えることは、よくあります。彼女に会っていなければ、私は走り続けることは無かったと思います。自分の無力さから発生した後悔に、あの時も今も背中を押してもらっている気がします。亡骸を前に、彼女が生きていた事実を知り、存在を知ったことで、出会えたからこそ教えてもらえた、悲しみの中にある大切なことや、思い続けることの意義を、今も教えてもらっている気がします。可愛い、女の子でした。彼女の存在は今でも、私の心の中の、大切な宝物です。自分の口で話せば、涙が止まらなくなってしまうから、おもかげ復元師という本に、気持ちを記録しています。機会があれば、学校の図書館に置いてもらっているので、(校長先生、あるよ!ってことで、手で大きなマルをしてくれました)読んでみてくださいね。亡くなった人たちがきっと、皆さんに死から生きることの意味を、教えてくれると思います。本の中の人たちは、死を迎えてもみんな、私の大切な人たちです。

「亡くなった人を、こわいと思ったことはないですか?」

もう、12年以上も前の、この道を志して3日目、夏の暑い日のことでした。亡くなって2週間目に発見された方に会った時、やっぱりこの道を進むのはやめようと、思ったことがあります。詳しくは話さないけど、分かる人には分かるお体の状態です。(みんな、どよめく)けれど、その背景を知り、家族が居ないことを知らされたとき、今、何故、自分がここにいるのかということを考えました。「この人の最後に、あなたが、この方の家族として見送って欲しい」その方に関わってくれた人から引き継ぐとき、そう言われました。こわいと思ったことを申し訳ないと思い、人がどうして変化していくのかを、実際の現場の中の実践から見極め、一人一人を守りたいと、技術を自分なりの方法で行ってみようと行動出来るようになりました。(みんな、身を乗り出して聴いてくれました)

等々、質問をいただきました。帰るときに玄関に出たら、「笹原さんの、絵が大好き!」と、駆け寄って話してくれる子も居ました。亡くなった人を大事に思ってくれること、心が温かくなりました。亡くなった人を記録したことで、亡くなった人が生きている人を支えてくれる現実を、教えてもらいました。絵日記を、世に出して良かったなと、人の笑顔はいつでもそう、思わせてくれます。

今年の夏休みの課題図書に、「おもかげ復元師」が選ばれた、伊那西高校です。是非、私も拝読させていただきたいなぁ〜と、思っている今日この頃でした。

大変有名なスポーツ校である伊那西高校の全校生徒の皆さんと、教職員の皆さん、保護者の皆さん、報道関係の皆さんにお世話になりました。ありがとうございました。皆さまお一人お一人の、益々のご活躍を御祈念申し上げます。