2016年10月15日

真宗大谷派旭川別院様講演

約一週間の九州を巡る旅を終え、岩手県に戻り、北海道の旭川へ。何と気温差マイナス25℃・・・。

寒っ。

生まれも育ちも札幌の私・・・。思い出した!そう、北海道の寒さは肌に刺さる痛さがある。

痛い・・・、
でも、懐かしいなぁ。
でも、やっぱり寒っ。

ショールだけしか持ってこなかったことに、少し(いや、だいぶ)後悔をしつつ。

この度は御本山で講演をさせていただき、又、御本山発行の全国に向けての新聞に取り上げていただき、大変お世話になっております中での、旭川別院様のご縁でした。

13日は旭川に到達して、お打ち合わせをさせていただき、その中で伺った様々に印象に残ったお話しがありました。その中から一つ。

〈むかしの看取り〉
家族は阿弥陀さまの掛け軸の端から一本糸を抜いていただき、目の前の死にゆく家族の指に結びました。死にゆく人は阿弥陀さまと一体になっていることを感じて、穏やかな表情になり、息を引き取られたという記録が、遺っているのだそうです。

きっとそこに至るまでには、その生活の中で積み重ねられた大切な一つ一つがあり、最期の家族のつながりを、阿弥陀様が再び、しっかりと結び直してくれていたのかもしれません。

依存でもなく、奇跡を期待するものでもなく、委ねるという気持ちを持てるその時には、本当の幸せを誰でもつかめるのかもしれません。(全くの私観ですが。)




そして、伺ったお話しを自分の経験に照らし合わせてみました。

祖父の危篤の知らせを受けたとき、私は20歳で、巫女として奉職して1年目。舞楽や雅楽を習得するための猛特訓を積み重ね、その中の一つの舞のデビューのため、装束を着付けていての準備中でした。

心中穏やかではない中で舞を終えたとき、同期の神主さんが、

「祝詞を奏上したから、持って行きなさい。」

と、御守りを一つ手渡してくれました。その御守りを握り、祖父が入院している病院へタクシーを走らせました。

実は祖父は御守りを絶対に必要としない人で、受け取ってくれるのだろうかと、少し心配しながら病室に到達。

祖父は心臓が悪かったのに、息を引き取る最期まで、そのお守りを握り、御守りを握った手を胸の上に置いていました。

身内は、「やっぱり生涯御守りを必要としなかったおじいちゃんでも、息を引き取る時は、きっと不安で御守りにすがるんだね。」と言いましたが、そうかぁ、と一件落着という気持ちにもなれず、

御守りを必要としなかったおじいちゃんが、何故、あんなに大事にしていたのか・・・。何か腑に落ちない気持ちのまま、ずっと答えが出ないままで、私は今の歳を迎えていました。

そして今、お打ち合わせの中のお話しを伺い、何となく祖父の気持ちに立ってみたら、そういうことだったのかな?と、答えに出会えた気持ちになり!納得できたのです。

祖父は、非常に信仰心の深い人でした。菩提寺は、今回ご縁をいただいた御宗派と同じです。ご本尊様は、阿弥陀様。

私が今回出会った答えは、以下の通りです。

おじいちゃんが握ったお守りは、おじいちゃんにとっては阿弥陀さまだったかもしれない。

おじいちゃんが亡くなってから20年以上経って、答えが出た気がしました。なんだか納得し、スッキリした気持ちです。そして、

「私は、何て浅かったんだろう。自分の価値で物事を図っていたんだなぁ。」私の浅さを、また教えてもらった深い深い旅になりました。

「あーっはっは(←おじいちゃんの笑い声)おまえは、まだまだだなぁ〜。」

ニコニコ笑いながら語る、おじいちゃんの声が、聞こえて来そうです。

旭川別院様の講演では90分、お話しをさせていただいた後、宣承さんの大学時代の同期のお坊さんと対談をさせていただきました。さすがでした。貴重なお時間をいただいた中で、私も自分の中の自分と、向き合う時間をいただきました。

自然に深く色々と、考えることが出来ました。ありがとうございました。