同じく内容は、参加型納棺のながれ。研修会中には多くの質問も出て、テキストに組み込みながらお伝えしていました。
皆さんがとても熱心で、テキストの中にない項目も追加したり、
様々な状況の中での時間の使い方や、説明術を含めての話しも追加しました。
今年で3年目になる、JA担当者納棺研修は宮崎県を最後に、今年も九州全県のJA葬祭担当者の皆さんとお会いしました。3年連続で受講してくださった担当者さんも多く、3年続けて様々にお伝えした内容が、皆さんの現場でおおいに活用していただいていることも伺いました。
死の中にある悲しみは、遺された私たちに色々なことを教えてくれます。悲しく、切ない現場も沢山あります。でも、ご縁が無ければ、その方が生きていたことも知らないまま、過ごしていたのかもしれません。お会い出来たから、深めていきたいと思うことも多くあります。
色々な事情が重なった、複雑な背景を持つ現場がありました。その終盤のこと。
お母さんを亡くした子「お母さんは、私のこと、嫌いだったの?」
私「どう思う?」
お母さんを亡くした子「・・・好きだったと思う!」
私「わたしも、心から、そう思うよ!」子どもは笑顔になり、お母さんの頬をずっと触っていました。子どもさんは、小学生の女の子でした。遺された側は、なんとなく置いて行かれたような気持ちになるものです。
また、こういう現場もありました。子を遺して逝く、お母さんの言葉です。死を迎えることは、お母さんも知っていて分かっていました。
母「お母さんに会いたくなって、寂しくなったらね、思い出してね。
風が吹いて、髪の毛が揺れたらね、
お母さんが風になって会いに来て、頭を撫でてくれたんだなって、
そう思ってね。」
納棺の時間の前にある、大切な時間。納棺の時間の中で想い出す、宝物の想い出。悲しみの、人の思いの、優しさの深さを知ったとき、
もっと出来ることはあるのではないか、
もっと気が付かなければならなかったことが、あったのではないか、
もっともっと、出来たことがあったかもしれない。
現場が終わる度に毎回、そう思います。心配することも、出会えたからこその気持ち。そういう気持ちを持ち続け、逝く人、遺された人の心を大事にしていきたいと思っています。
いま、何を求められ、何が提供出来るのか。なぜ、私はここにいるのか。立ち位置を知り、意識して、同じ現場が二つと無い今のいただいたご縁の中にある現場を、どのくらい大切に出来るのか。毎回、葛藤しています。
そのような内容を含めて、セミナーの中でいただいた、多くの質問にお答えしました。
皆さまの益々のご活躍を、ご祈念申し上げます。お疲れ様でした。