19日、講演前日に山口県に入りました。札幌は10℃を切る寒さだったのですが、山口県は26℃と長袖を着ていても、雪国に住む私には少し暑く感じました。北の方は紅葉が始まっていますが、山口県はもう少し後かな?同じ日本の中でも、場所が変われば色々違うので、それもまた一興です。
第39回曹洞宗青年会山口大会の2日目の講演の枠をお預かりしました。「復元ボランティアと呼ばれて」と題して、東日本大震災の経験やご縁を中心に、どのような状況で自分の弱さに直面して、自分の気持ちと付き合って来たかなど、お話しを組み込ながら進めさせていただきました。
《遺影》
誰にでも怒鳴りつけると噂されていた、お父さんとご縁をつないでいただいたことがありました。お父さんが私に会いたいと言っていただいていると聞いてお会いしましたが、怒鳴る理由を知ることが出来ました。
お父さん「ひどいもんだよ。被災した家をそのままにして、家の入口に見付からない子も含めての5人全員の写真を置いているんです。それをまたいで、被災した家の中に入ろうとするから、俺は怒鳴るんだ!「人の家に、勝手に入るな!」って。おれ、間違ってるのかなぁ・・・。」
私「全然間違っていないと思います。だって、写真は、本人そのものの意味がありますから。それをまたぐなんて、しかも勝手に家に入るなんて、失礼千万ですね。」
遺影とは遺された家族にとって、その人そのものの存在になるものです。被災した家も、一緒に過ごした、想い出という宝物がいっぱい詰まっています。人の悲しみに気が付いてもらえないことも哀しいけれど、気が付かないだけではなく踏みにじる行為は、どうなのかな?と、お父さんのお話しを伺って、悲しみが怒りに変わる瞬間に出会うこともありました。
《帰る場所は分かるかな?》
避難所、仮設住宅、その後の引越しを経験した子どもたちからの問いは、
「お彼岸やお盆にね、家族が帰って来るでしょう?引越しを沢山したから、ちゃんと帰って来る場所、分かるかな?」
ちゃんと帰って来れるのか、迷子にならないか、心配だと言います。色々話しをしていると、
「迷子になっていたら心配だからぼく、お家のあった場所に迎えに行こうかな。「お父さん、みんなの所に帰ろうね。」って、話し掛けて迎えに行ってあげなくちゃ。
あのね、生きていたときはね、いつもお父さんは、ぼくを迎えに来てくれていたんだもん!」
とても頼もしく、愛しい笑顔でした。
講演の中から、二つのお話しをピックアップしました。出会う中で、お一人お一人が大切にしていることに触れさせていただく時間も、多くありました。噂だけでは決められない、お話ししなければ分からないこともたくさんありました。お話しを伺っていく中でいつも感じることは、
悲しみの深さは、愛情の深さに等しいこと
愛情の深さの中に、沢山の宝物があること
をいつも、教えていただきます。死を迎えても関係性は変わらない。故人を守ろうとする姿の中にある、強さに又、たくさんの問いと共に生きる姿に、人の心の深さを教えていただきます。
東日本大震災に於いても、継続したご支援をいただいています。海外の過疎地に住む子どもたちが学校の往復に5時間以上かかることで、いのちを落とす子も多い中、現地の子どもたちのために、学校や寮を作る活動も20年以上続けられているそうです。
青年会、青年僧の皆さまのお話しも、色々教えていただきました。寄り添いの深さに、一つ一つのお話しの中に、見守りの中にある配慮に、胸がぎゅっとなりました。
皆さまの益々のご活躍を、心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。