2014年2月16日

あの世とこの世と幽霊と

東日本大震災の初期の現場で、10日間くらい家族を捜し続けたご遺族から、電話をいただいたことがあった。「やっと、見付けたんです。」駆け付けた時、親戚の方がその娘さんに言った言葉がありました。「何故、こんなに時間が掛かったのか」娘さんは、「やっと見付けたのに!」奇声を発して怒鳴り、私の目の前で気を失いました。私は親戚の方に、安置所の壮絶な様子をお話しし、「まだ、ご両親とのお別れの時間を過ごされていませんので、今日のところはお引き取りいただけませんか?」とお話をしました。「傷付けるつもりは無かった」と親戚の方はお話をして下さり、「手伝えることがあったら、連絡待ってるよ。と、電話番号を置いて上げてください。」とお伝えした現場がありました。娘さんは、今でもその時の光景を思い出されると、体全体が震え、涙も止まらなくなります。同じ被災地の友人に支えられ、今はゆっくり時を過ごされています。私の一般講演に来てくださっては、少しお話をしながら、「でも、私はやっぱり、あの時の、両親を一生懸命捜した時の話がしたい。」と、おっしゃいます。そしてまた、別の安置所の中で、お父さんの帰りをずっと待っている小学生の息子さんが居ると聞き、走った現場がありました。復元後に息子さんは、お父さんに色々な話を始めました。棺を覗き込む息子さんの姿は、お父さんの「死」を「生きる」エネルギーに変えた時間でした。一緒にサッカーをしたことも、ゲンコツをされたことも、彼の記憶の宝箱へ一つ一つ入れている時間でした。お母さんが言いました。「お父さんが頑張って、幽霊になって遊びに来てくれるかしら?」息子さんが言いました。「お父さん、サッカーボール蹴れるかな?」キラキラした目で話してくれました。そして、お母さんが言いました。「でも今の話って、宝くじ当たったら何に使う?って話し合っている内容に近いよね。(笑)まだ、幽霊で出てきてくれた訳じゃないし。現実にない事を話すのも、何か悪くないね(笑)」みんなで笑った時間でした。会話は、あの世のお話も普通に出ますし、この世から見たあの世の存在、分からないけれど、あったらいいなと。幽霊でも良いから会いにきて欲しいなと、皆さんがお話をされます。3年目を迎える今、お一人お一人の人生の中にある今までが、これからを支えてくれるのかなと、思っています。質問、ありがとうございました。