過去の想い出話しを含め、納棺終了後にご遺族と縁側で少し、お話をしていたときのお話しです。モンシロチョウが飛んできました。
「昔から、チョウチョは亡くなった人が会いに来ていると、言われてますよね。」
ご遺族が言いました。ホタルも、セミも、昔からの風習で「死者の使い」と呼ばれることがあります。
死者の使いかどうかは分かりませんが、大切な人の「死」を経験した人で、悲しみに暮れる経験をされたご遺族は、自然に対して慈しみを感じるようになる方が多く居られます。
自分が、家族が、周りの人が、みんな自然の一部であること。それを感じたとき、命ある万物が愛おしく感じることがあります。
返事が返ってくるはずのないお花に、「きれいだね。明日も、頑張れる?」と話し掛けたり。返事を求めているわけじゃない、存在してくれていることが、愛おしくなる。悲しみは、そういうことを、教えてくれる存在です。
私の腕に止まったチョウチョ。
「どちら様ですか?」と、ご遺族が話し掛けました。でも、ずっと止まってる。
「お出かけしないんですか?」と、なかなか飛び立ってくれないチョウチョに、続けて話し掛けていました。そして、
「あ、このチョウチョね、うちのお父さんかも(笑)頑固で、怠慢だったから。」
二人で、爆笑。大切な家族のブラックジョークを、笑顔で言えるようになっていたことは、色々と一歩踏み出して生きて来られた証でもあります。
「だけど、お父さんね、優しい人だったんだよ。」
人は、こんなに良い表情を持っているんだと言うことを、また教えてもらいました。
チョウチョが飛んで行ってくれないとき、私は思っていました。
もしかしたら、現場の前に食べたチョコレートが腕に落ちたか何かで、それに寄ってきたのかな?(笑)
いずれにせよ、何の評価も求めず、花粉を運んで花を咲かせ、種を運んで蒔き、小さないのちが大きな自然を作り上げている、そういう風に存在してくれるだけで癒してくれる虫たちのの偉大さを知った時間でした。
注(但し、ご遺体に付いた虫は復元時にご遺族がショックを受けること、ご遺体の損害を著しく起こすので退治します。あしからず。)