亡くした大切な人の体に、何かが起こっていたとしたら?私が伺う現場の中では通例でも、
黒になったり、
鼻から小バエが出てきたり(現在は新種のハエが居ます)、
そういう情報は一般社会の中では、なかなか耳にしません。知り得ないことが起こる。ご遺族の立場から考えると、そうなのかもしれません。だから、現実に自分の家族に、そのような現象が起きれば当然、驚き、自分を責めながら考えてみたり、悲しみに落ち行くことが多くあります。
どうして?
なぜ?
と現場で質問される内容の中には、知りたいこと、知っておきたいこと、その中には大切な家族を守りたい気持ちが含まれていますから、質問の意図をしっかりくみ取り、その人に合った答えを噛み砕いて伝えます。
この人に聞いて良いのかな?
答えてもらえるのかな?
聞いてみたいな?
そう思って、きっと勇気を出して聞いてくれていると思います。
ご遺族とお話する中で、進めていく会話の中に、宝物を見つけることもあります。
「これは、誰がつけてくれたの?」
亡くなら方に絆創膏が貼られている時に聞く、質問です。
「お母さんが、痛そうだったから。」
兄弟で話し合って、共同作業で貼ってくれていました。この仕事をしていると、見逃してはいけないことに、こうして出会うことがたくさんあります。
「じゃ、これは(絆創膏)取らないでおこうね。でも、貼るの、大変だったでしょ?」
現場から確認出来ることとして、絆創膏のまわりは血だらけで、大変だった様を物語っていました。そっと言葉を添えて問うたとき、どれだけ大変だったかの話しに、花が咲きます。
「いつも、大丈夫だよ。って、貼ってくれたんだよ。」
いつものことを、いつも通り出来る環境を、そのまわりの人たちが叶えてくれていることもあります。お話をしてくれるその話の中心は、亡くした大切な人を思う気持ちと行動が、遺された家族を支えてくれていたこと。亡くなられた方との生きていた時の関わりが、彼らの気持ちの持って行き方と行動を決めて、亡き人の存在が支えていました。
本人は亡くなったけど、関わりは生きています。関係性が変わらないよと、それが確認出来れば、きっと自分の足で生きてもらえるのではないかと、現場の中で一緒に様々なことを進めて、お手伝いをする中で願わずにはいられません。
家族の体に起こる現象に対してショックが大きければ、そっと触れるか、後ずさり、立ちすくむ。そういうことが多いけれど、その後にどうにかしたいという気持ちになれば、必死に何かに挑むことは、言うまでもありません。
現場に伺う度に、初期のご遺体のお手当ては必要なんだと、胸がギュッとなるほど痛感します。
大切な人が笑顔で、心の中に生き続けてくれますように。どのような死を迎えたのかは、誰もが通る通過点。お手伝いをさせていただく理由は、その方が何を大切に、どう生きたのかを見ていただけるように。そう願い、毎日現場に走っていました。