赤ちゃんの医療の専門職、医師、助産師、看護師などの皆さんで組織される、九州全域、沖縄県、山口県の皆さまが会員の新生児研究会にて、寺地Dr.のお声掛けで講演をさせていただきました。
研究会では、お別れをテーマにした勉強会は始めての試みとのことで、大役を仰せつかりました。Dr.の現場での思いを伺っていましたので、上手く話そうとは、考えてはいませんでした。
死の現場からお伝え出来ることは、生の延長線上に死があるということ。
長い短いという価値ではなく、
その子が誰かにとっての大切な存在であり、
その存在がどのような影響を与え、
関わる誰かを癒し、
そこに居るだけで、
幸せな気持ちにしてくれたことは、
確かなことだと思います。
「俺の孫に生まれてきてくれて、ありがとうな。」
と言い、小さな赤ちゃんを胸に抱いた、私の現場でご縁をいただいた、おじいちゃんから学んだこと。
「死」の意味を丸ごと受け入れてくれる誰かが居るから、その子の可愛いらしさと、いのちが又、輝くこと。
生きていたからこそ、その証拠に死が存在します。「死」だけが単独に存在するものではありません。死を知ったら、どうか生きていた時間の中の、一番良い顔を想い出してもらいたい。そういう気持ちで、お別れのお手伝いをさせていただいています。
小さないのちは、確実にちゃんと何かを伝え、私たちに遺してくれているのだと思います。それを見落とさず、育んでいくこと。それが、遺された人の役割なのかもしれません。
小さな体で一生懸命生きて、頑張ったことを褒めてもらいたい。死の世界では、「可愛い」となかなか声を掛けてもらえないものですが、小さないのちの世界にも、当然、社会問題に直面することがあります。
弊社は比較的、赤ちゃんや子どもさんの納棺も多く、通常は医療の皆さんから引き継ぐことが多いのですが、社会問題に直面しているときは、警察から引き継ぐこともあります。復元を終えていなくても、遺体に関わることの多い部署の警察官の方々は、小さな子どもたちを抱き、話し掛けてくれています。
「生きている子も、死を迎えた子も、同じくらい可愛い」
東日本大震災の警察管轄の安置所でも、警察管轄から移動した先の安置所に於いても、そう話していました。
「可愛いということに、理由はいらない。」
たくさんの方の、色々な種類の涙と共に過ごし、お別れのお手伝いをさせていただいた中で、私はそう思います。
お別れのテーマの講演は二部に分かれていて、私の次に、取りでお話しされたDr.が居られました。ドラマ「コウノトリ」の監修をされた、豊島Dr.。奥の深い、現場一筋の、赤ちゃんや子どもに真っ直ぐな、お医者さんでした。
「人は二度死ぬと言われています。確か、コリン・ウィルソンが言っていたと思います。
一度目は、肉体の死
二度目は、人の記憶から忘れられたとき。
私たちは、出会ったことと、記憶をとても大切にしています。笹原さんが、家族の人たちや警察の皆さんと話された、「生きている子も、死を迎えた子も、同じくらい可愛い。」私も、同感です。これがなかなか理解されにくいのが、現代社会だと思います。亡くなった子の話をすると、不謹慎だと言われることもあるけれど、赤ちゃんや子どもたちが、どんな風に何を大切に生きていたのかを、私は現場をもっと知ってもらい、小さないのちの輝きを、知って欲しいと思っています。」
生の質と、死の質は等しい。そして、遺された人の役割の中で、等しく持ってくことが出来るということも、言えるのだと思います。
新生児医療界の重鎮、橋本Dr.とご縁をつないでいただき、少々緊張気味の私でしたが、先生が教えてくださったお話の中で、とても印象に残った言葉がありました。
「生きている子も死を迎えた子も、頑張ったことには変わらない。だから、赤ちゃんも子どもたちもみんな、全員、私の子です!」
研究会の会場は、温もりいっぱいに感じました。お空に帰って逝った赤ちゃんや、子どもたちの、楽しそうな笑い声が聞こえてきそうな雰囲気でした。
追記、
研究会で座敷わらしの話をしようか悩んだけれど、せずに終わりました。そのむかし、赤ちゃんや子どもたちが時代の背景として、飢餓で苦しんだ時代には、間引きされた時代がありました。幽霊にもなれず、生きることも出来ない。岩手県のむかし話から生まれた「座敷わらし」も、赤ちゃんや子どもたちの「死」が、存在します。むかし話を絶やさないことは、記憶から消えてしまうという、二つ目の死を迎えさせないことにつながるのかもしれない。そう考えると、弊社に居る3人の座敷わらしが、とても愛おしくなりました。なので、お土産をいっぱい買って帰って来ました。私の会社の座敷わらしは、皆さんにとても可愛いがってもらっています。岩手県には、座敷わらしが住む家がたくさんあります。誰も、怖がりません。ただ、可愛いがっている。そういうお家が多くあります。でも、あんまり物音を立ててうるさいと、「こらっ!静かにっ!」と注意されるのは、生きておる子と同じく怒られますよ。(>_<)人と座敷わらしは、そういう関係です。( ´▽`)