2016年8月14日

いのち新聞、お盆の迎え火

昨日の8月13日は、「いのち新聞」のメンバーの集まれる人で、お盆の迎え火をしました。

内陸の松明(たいまつ)と、沿岸の松明(松明)を同時に焚き、迎え火を行いました。沿岸の松明が、内陸の松明より先にメラメラとあっという間に燃えてしまうというハプニングに見舞われながら、最後は幼稚園〜高校生の4人の子どもたちが協力しながら、大人たちが見守る中で、松明を最後まで責任を持って焚く、そんな時間もありました。

来たくても来れないメンバーも居たので、その人たちと気持ちを一つにしながら、4時から準備。準備という作業の中で、それぞれの気持ちの中にある、悲しみや亡き人に向けた思い、経験を話し合って整理しながら昇華に向けて・・・、その気持ちのエネルギーを、亡き人を迎えるための気持ちに変えていきます。

東日本大震災のこと、地域の中にある課題の中で、超高齢化社会の中に発生している様々なこと、子どもたちの世界の中のこと、見付からない家族に対しての気持ち、今でも月命日の11日に捜索を続けてくれている警察の皆さんへの感謝の気持ち、大切な家族を亡くした人たちとのこれまでの多くの出会い、話し合うことでお互いに知らなかったことを知り、涙したり、感動したり、心が温かくなる笑いが起きたりの時間を過ごしました。

日本の伝統文化の中に身を置くと、今まではやらなければならないこととして、子どもの頃から大人の姿を見て、身を持って経験してきたことだったお盆の迎え火・送り火、お墓まいりだったこと。

家族や大切な人を亡くした経験を積み重ねた今は、その伝統文化の中の行事に、気持ちが支えられていることを知ります。亡くした人たちのことを遠慮なく語れる場、その空間、限られたお盆という期間の中で、また普通の生活に戻るために、自分の中の弱さを出しても良い、それぞれの悲しみをじっくり過ごして良い、限られた時間。そうやって、気持ちのバランスを取り、生きていく知恵を昔の人は遺してくれたんだなぁと、改めて感じてみんなで話し合いました。

次回の新聞は、お彼岸に完成する予定です。弊社のホームページのトップページで、引き続きご紹介致します。「いのち新聞」は、国立国会図書館から、毎回提出依頼をいただいており、国の財産の一つとして管理いただいているそうです。

迎え火の日に向けて、多くのご遺族・被災者の皆さま、地域の皆さまから、差し入れをいただきました。迎え火のお供え物として、みんなで有り難く使わせていただきました。この場を借りて、心より御礼申し上げます。

追記
迎え火のみで終わろうとしていた、いのち新聞の集まりの昨日。送り火もしないといけないという話しになりました。迎えても、送りたくない私の気持ち。みんなに諭されて、いやいや、送られないと困る人も居るだろうからと、15日の夕方から送り火も行うことになりました。