2015年6月3日

曹洞宗志太地区教区連合会様講演

曹洞宗志太地区教区連合会様、僧侶の皆さまの総会の後の講演に、お声を掛けていただきました。

昨年東京で、曹洞宗の大きな道場もある宗務庁さまに於いて、全国から集まられた約100名の布教師の皆さまに向けてお話しをさせていただきました時のご縁から、今回、お声掛けいただきました。

静岡県は、富士山の麓。全国各地で発生する大きな地震の度に、テレビや新聞でも「富士山の噴火の可能性」が取り上げられることも多くなりました。地元の方は、40年も50年も前から噴火を想定して半ば脅されながら(そう、おっしゃる)、生活しているんだよ、と教えてくださいます。東日本大震災からお伝え出来る防災意識と、災害による悲嘆とその後含めてのお話しをさせていただきました。

死は、様々な迎え方があります。それは、地域の中で起こっていることであり、もっと言うなら地域の中で生きていた人、一人ひとりの人生に起こること。遺された側の「死」の意味を深めていくときに、そっと寄り添ってお力をいただけるのが、地域のお寺さんの存在も大きくあります。

その家庭で大切にしてきた習わしや、宗教(神社や教会なども)と死生観がありますから、私たちもそれに従い、忠実にお手伝いをさせていただく訳です。

曹洞宗志太地区教区連合会様の僧侶の皆さんは、法務省から委託を受ける「保護司」の方が多くいらっしゃいました。お寺のお仕事と保護司の公務、どちらも過酷なのに、すごいなぁと頭が下がる思いでした。私がご縁をいただいた宗教者の方は皆さん、「和を持って貴しとなす」を実践されている方ばかりです。この度も、深くそう思いました。

今回、日程に合わせた様々なお世話をいただいた僧侶のYさま(お名前を出す許可をいただいていないので)のひとつには、そのお心遣いにノックアウト(一回、一回感動して倒れる)の連続でした。二つには、所作の美しさ。恐らくYさま的には普通にテーブルを拭いているだけだと思われますが、その所作のあまりの美しさに目を奪われた。思わず、

「テーブルを拭く所作、綺麗ですね。」と声をかけてしまうと、Yさまニッコリされていました。そこへ、大本山でツートップをご経験された方丈さま、「道場ではね、こうやって拭き残しがないかチェックするんですよ。こうやって、小姑みたいにね。わーっはっは!」と、みんなを笑わせてくれました。(ここ、私みたいなものが笑っていいのかどうか分からないけど、とりあえず、思わず笑ってしまった。)本当に偉い人は、偉ぶらない!まさに、色々と教えていただいた時間でありました。

この度お声掛けいただいた講演の前に、実は曹洞宗志太地区教区連合会様の皆さまが岩手県にお越しくださいました。アポをいただいていたのに、当日は緊急出動の現場が入ってしまい、被災地をご案内出来ず、失礼してしまいました。それが心残りではありますが、お寺さんも檀家さんや門徒さんのために実はemergency(緊急出動)で動かれることも多いので、とてもご理解いただきました。それがとてもとても、有り難かったです。

色々とお心遣い、お世話をいただき、心に残るお時間をいただきました。ありがとうございました。