2015年6月20日

神奈川県看護協会総会講演

19日、神奈川県看護協会総会講演に、お声掛けいただきました。会場には、約300名の皆さまがお出でになっていると伺いました。

岩手県の地元に居る時は、納棺の現場と全国から届く日総研さん通信講座の添削、諸々の仕事を時に徹夜でこなしながら、講演のため神奈川県に移動しました。

病院も、患者さんやご遺族にとっては人生の中で経験される、悲嘆の通過点の一つです。

悲しみの時間の中には、答えのない問いがたくさんあります。社会生活の中では、白か黒かの判断を迫られることも多くありますが、それは次のステップに進むためのものでもあるので、確かに大切です。別に、悲しみの世界はグレーであることが多くあります。グレーは中途半端と言う意味ではなく、「問い続けて行く課題」であり、課題に向き合う度に答えが違うもの。それは、問い続ける課題に近い何かに出会い、考える度に出会う答えが、今の答えになっている。これも又、次のステップと、今日を生きるために大切なことであると言えます。

一般的に普段の生活の中で、「悲しみ」と言う感情は、本来人に知られたくないものであり、同時に触れられたくない部分です。社会に向けている顔が表なら、悲しみの部分はプライベートな裏の部分。でも、表と裏でその人として構成されていて、どちらも自分ではありますが、情緒が乱れた時に自身の感情をコントロールするためには、悲しみに向き合っておくことは重要です。昔と変わらない切るか切られるかの競争の社会の中に生きている場合は、「弱さ」の部分にある悲しみは、本来人に見せない部分でもあります。放っておくと人から見て、不思議な行動であったり、時に暴力的になったりなので、現場判断のときには、慎重に且つ大切に、これから生きることの中で、悲しみがその方を壊さないように、悲しみがその方を支えてくれるように、大事に悲しみに触れていきます。・・・と言う話を、難しくまとめると?・・・かくかくしかじかお話しさせていただきました。

講演終了後、何度も講演に足を運んでくださっている岩手県の沿岸被災地である陸前高田市出身の看護部長さんが控え室を訪ねてくださって、ご家族の生活状況や、故郷への思いを教えてくださいました。素敵な、看護部長さんです。

皆さまの益々のご活躍を、心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。