昨日は一般講演に伺いました。社会福祉法人の職員の皆さまと、地域の皆さまに向けて、お話しをさせていただきました。最近、皆さんから問われ、話し合うことが多くなった内容の一つに、
「人は死んだら鬼になる」
昔の人はよくそのように表現され、現場でも昔の記憶を辿りながら質問されることも増えました。ここで言う「鬼」をもっと詳しく表現すると、
「人は死んだら、鬼のような形相になる」と言う内容のようです。納棺終了後や昨日伺ったような一般講演の時は、
「昔から言われて来たことは、本当だなと思いました。本当に鬼みたいだった。」
「怖かった。本人じゃなかった。」
亡くなられた方と対面された方は、最期のお顔を覚えています。死因やどのくらい日にちが経っているかなどにもよりますが、現場に到着した時点では、そうであることも多くあります。お家の方が、一生懸命にご自分のお化粧品で「何とかしようと思ったけど、出来なかった。色じゃない気がする。」と話して下さることも多くあり、ご縁をつないでいただいて、そこからバトンタッチをしてお手伝いをさせていただきます。何より知って欲しいのは、ご本人の意思でそうなっている訳ではないということです。
亡くなられた方が土に還るまでを伝え続けている物が日本には、様々な文献がありますが、
「怨霊」と称される言葉も、
苦しそうな表情にみえたり、
怒っている表情に見えたり、
そんな色んな死後現象の、変化の移行により表現された、その方の表情によるものかもしれませんし、
何より殺人の罪を犯した人たちが一生苦しめられるのも、その方の最期の表情なのだと聞くことが多くあります。
お年寄りが現場で教えてくれることでもありますが、昔の死化粧は、緑色になって腐敗により膨張した、おもかげが全く無くなった方に対して、白い粉を水で溶かして上から塗り、真っ白にしてから頰に丸く紅をさしたことから始まります。そのくらい、変化したと言うことですね。
全国各地、納棺の現場でお年寄りに昔のことを教えてもらうことが多くありますが、昔は冷却の無い中で、一週間〜10日の安置が一般的だっそうですから、死後変化が著しく、それはもう直視どころか、腐敗臭も相当なものだったそうです。
「こっちに起こせば口からバァ〜っと出る、あっちに起こせば、また口からバァ〜っと出る、血もバァ〜っと出る。」
「見たことのない、
理解しようにも出来ない現象と表情だった」
「目がカッと開いて、
血液がバッと吹き出して、
緑や黒になって、
日が経つにつれてどんどん膨張して」
「臭いがすごかったね。本人、可愛いそうだったね。」
「お線香は、臭い消しでどんどんつけたもんだよ。」
「お酒を呑んで、酔っ払わないと、とてもじゃないけど納棺は出来なかったね。」
その昔、納棺を担当したお年寄りが現場に居られると、みんなに、そういうむかし話をしてくださいます。
「鬼」と言う表現が、この場合には、
「この世のものとは思えない」
の意味を含めるものだと、昔の納棺を知るみなさんが口を揃えて言います。
「この世に思いを残さずに」
「迷わず逝けるように」
亡き人に話し掛ける言葉は、その方の最期の表情に合わせて、遺された人がその表情から受け取る印象をメッセージとして意味を置き換え、話し掛けているのかもしれません。
「ありがとう」
鬼のような形相では、そう思っていても怖い気持ちが優先して伝えられないから、宗旨の中から今の答えを見付け、お経や祝詞を上げていただいて安心したい、だから宗教者の存在が昔から葬儀には、大きいものだったと思います。
昨日の講演も然り、自分の中にある死の意味を様々に置き換えたり、探したりの作業は、ネアンデルタール人の墓からも花を手向けた想いが見られるように、大昔から続くものであり、
人はきっと自分の答えを、人生の中で探し続ける旅をしているのかもしれません。