2013年8月6日

生きること、死ぬこと

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やっぱり沖縄では、ギジムナーに会えなかった・・・。せめて、ガジュマルの木を見たかった・・・。沖縄の神葬祭では、通常榊などを使用する所、沖縄では手に入らないので「ガジュマルの木」を探して葉を使用するのだと教えてもらいました。その仕事、私が是非やらせていただきたい!と、思いつつ、でも、ガジュマルの木を見つけたら、葉を取るのを忘れてギジムナーを探しているかもしれないと言う不安が・・・。(笑)ガジュマルの木、欲しいなぁ。(≧∇≦)理由は、そのガジュマルに、ギジムナーが宿ってくれるかもしれないから‼と言う理由以外、他に何もありません(笑)

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飛行機の上から見る沖縄は、本当に綺麗でした。でも、地元の方々や藤原茂さんから、沖縄の悲しい歴史も教えてもらいました。沖縄の人達は言っていました。「それでも、与えてもらったいのちを精一杯に、生きるしかないんだよ。」

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1995年6月23日に建設された、平和の礎の塔。藤原茂さんに、「岩手の塔もあるんだよ。」と教えていただき、参拝に向かいました。「沖縄戦などで亡くなられた国内外の20万人余のすべての人々に追悼の意を表して、御霊を慰めるとともに、今日、平和の享受できる幸せと平和の尊さを再確認し、世界の恒久平和を祈念する」沖縄は第2次世界大戦において、住民を巻き込んだ地上戦の場となり、多くの貴い人命とかけがえのない文化遺産を失った。このような悲惨な戦争体験を風化させることなく、その教訓を後世に正しく継承していく。 安らぎと学びの場戦没者の氏名を刻銘した記念碑のみの建設にとどめず、造形物を配して芸術性を付与し、訪れる者に平和の尊さを感じさせ、安らぎと憩いをもたらす場とする。また、子供たちに平和についての関心を抱かせるような平和学習の場としての形成を目指す。」平和の礎のホームページより一部抜粋。

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広い敷地の中に、全国都道府県の、そして世界の戦没者の塔がありました。

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岩手県の塔です。私の身内も、沢山のご先祖さんが戦争でいのちを落としました。今でも「会いたい」と、年寄りになった身内が涙を流しています。

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そして、ひめゆりの塔。もう一度、日本の歴史を知りたいと、ここの場に立って強く思いました。

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私達はよく、「お空の上に行った・・・」と亡き人を思い、手を合わせます。自分の感情を横に置いて、亡き人の気持ちになって考えた時に、又、色んなことに気が付きます。「さようなら」ではなく、「また、お盆にね」とか、「また、お彼岸にね」とか、本当はそういう気持ちなのかもしれないなぁ。なぁんて。今、生前予約の方何名かと一緒に、「これから」を考えることがよくあります。亡くなる方々と訪問の時に「これから」を考える。遺してもらえる思いを胸に、バトンを受け継いで、私達も限られた「いのち」を全うするために、一分、一時間、一日、一年を積み重ねて生かしてもらっています。そして、振り返ると「人生」と呼ばれている。人が死ぬと私も実は、悲しい。とても悲しい。沢山泣くし、嘆きもする。そういう気持ちを胸に、納棺に挑んでいるということを自分で理解しながら、遺してもらったことを宝物にして、生きる。私が守る。絶対に守る。亡くなられたご本人が、本当に望まれたような良い旅立ちになるように、ご家族と一緒にかんがえながら、旅立ちのお手伝いがしたいと、思っていました。亡くなる皆さんが教えてくれます。「長く生きたから良いと言う物でもない。自分のいのちを、どう輝かせてあげたのか、それが大事だよ。」お空の上に行った皆さんを、いつも思い出しながら、やっぱりお空に向かって手を合わせている自分が居ます。亡くなった皆さんが教えてくれた一つに、「手を合わせると、何だかスッキリするでしょ?手を合わせるって、本当は自分と向き合っている時間なのかな?と思うことが多くなったよ。」と言うことを遺してもらっています。「確かに、そうですよね。」って、よく話したっけなぁ。思い出と一緒に居てくれる皆さんとの記憶が、何よりの宝物です。さて、明日も強烈に忙しいので、寝ましょ。おやすみなさい。