2013年11月26日

天草四郎

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昔から、どうしても行ってみたかった「天草」は、熊本県内にあり、少し足をのばしました。何故、隠れキリシタンは弾圧を受けたのか、そこに何があったのか、天草四郎は何故16歳で殉教したのか・・・。「切支丹」の意味はどういう意味なのか。歴史の中にある、現地にしかないお話を見付けに行きました。案内いただいて、お世話になりました御2人に心から感謝申し上げます。

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 「そういう時代だから」では済まされない、大切な「いのち」と沢山、出逢いました。ただただ、ため息だけが何度も出ました。

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「切支丹」とは、「首を切る」と言う弾圧の時の差別用語だから使ってはいけない。と、資料館に記述がありました。だから、カタカナで「キリシタン」と呼ぶか、又は現代では「クリスチャン」と呼ばなければならない。と、説明がありました。

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知らないことだらけだった私。小さな頃、母の実家の花巻市の山奥で「その昔、ここでは魔女狩りが行われた。」と、岩手県にあった隠れキリシタンの話しを、地元のお年寄りから教えられたことがありました。「どういうことなんだろう。」と、小学校三年生の私は、お年寄りの話しを夢中で聞きました。「本当は昔話ってなぁ、恐ろしい中に悲惨な哀しみが隠されているんだょ。」と、教えられました。「そうだったんだ・・・。本当だった」と、今回の旅で知りました。でも、忘れてはいけないのは、亡くなった御本人自身がどうだったのか、と言うのが大切なことであって(文献にある通り)、部外者の私が自分の視点から決めつけてはいけないことなんだと、そう思いました。地元の方々が大切に語り継がれている、隠れキリシタンのお話し。「昔から現代までの流れの中で、隠れキリシタンは仏教の影響を大きく受けて、今は純粋なキリシタンではなく、民族信仰として地元で大切に語り継がれて遺されている。」と、資料館にありました。

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岩手県で隠れキリシタン信仰を伝えたのは、九州から来られた方なのだと昔、教えられ、岩手県にもたくさんの隠れキリシタン弾圧のお話が遺っています。私の住む北上市にも、隠れキリシタン信仰の遺品が沢山見付かっています。まだまだ、知らないことは沢山あるけれど、昔話の中に一人一人の人生があることと、忘れてはいけないから、語り継ぐ必要があるのだと学びました。語り継がないと忘れられてしまう。東日本大震災も、そうなんだと思いました。そこに、一人一人の人生があるから、大切にしないといけない。語り継ぐ大切さを、天草で学んだ旅でした。ありがとうございました。